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私たちの棲むところ essay

衣服のような家
・・・気候と風土 其の弐

インターフェイス(interface)という言葉をご存知でしょうか。
「ふたつのものの間に立って、やり取りを仲介するもの。境界、接点。」などの意味があるそうですが、「家」も私たち人間と自然環境とを繋ぐインターフェイスのひとつと云えるのではないかと考えています。
ある意味では、私たちが着ている「衣服」に近いものと云えるかもしれません。

私たちは、寒いときには厚めのセーターを着たり、重ね着したりして体温を逃がさないようにします。また逆に、暑いときは薄着にして体温を放出しやすくしたり、強い日差しが当たらないように日除けをします。風の強い時には風を通さないウインドブレーカーのようなもの。雨の時にはレインコート、等々。その時々の環境に応じて、快適性を得られるように着るものを調整しています。
それは、身体に近い部分の空気の温度や湿度、云ってみればひとつの「気候」を調整しているとも云えます。このように私たちの身の廻りの気候のことを、室内や家の周囲の気候も含め、「微気候」と呼んでいます。

ところで、この「微気候」を調整しているのは、どうやら私たち人間だけではないようです。
例えば、犬などの動物も季節に応じて体毛が生え替わることで体温を調整しやすくしていますし、ナズナやタンポポなどの冬を越す草の中には、地面にへばりついたようなロゼッタ葉をつくって、冬の冷たい空気になるべく触れないように、そして日光と地熱を受けやすくしているものもあります。これらも自らの都合に良い「微気候」をつくっていると云えそうです。

tanpopo

まだ寒さの残る春先の頃、太陽の光を受けるタンポポのロゼット葉。

家づくりにおいても同様に微気候を利用する工夫をし、住む人がそれを生かす働きかけをすることによって、より心地良い環境を得ることができると考えます。それは取り立てて難しいことでもなく、エアコンなどの機械設備などがなかった時代には実に当たり前の工夫でした。
快適な環境を得るために、まずは、このように機械設備に頼らない方法を考えてみることも大切なことではないでしょうか。自然から得られる心地良さには一味違った爽やかさがありますし、それを得られたときの充実感は何ものにも代えがたいものがあります。

特殊な例かもしれませんが、実に興味深いものを紹介します。京都に今でも残っている「町家」のお話で、私もある時期にお借りして住んでいたことがあります。
町家は、「うなぎの寝床」といわれるように、間口が狭く、奥行きが深くなっています。それは江戸時代に、オモテの道路である「通り」に面した間口の大きさに対して税が課せられたためですが、このような特殊な形の家が隣とピッタリ寄り添って、その当時の高密度な都市ができあがっていました。また、京都は周囲を山に囲まれた盆地となっているため、夏場はとても蒸し暑くなるのですが、隣同士が接触しているため外部から風を通すのは容易ではないのです。
町家が自然環境に開かれているのは、空を除けばオモテの「通り」と、家の一番奥にある「奥庭」。それに「坪庭」と呼ばれる小さな中庭に限られています。この「坪庭」は、細長いために暗くなりがちな町家の室内へ効果的に光を取り込むという、優れた機能を発揮しています。しかし、空に開かれているだけなので外部の風が吹き抜けるのは難しい。では、どうやって風を取り入れ、夏を過ごしていたのでしょうか。

「坪庭」は小さいため、軒の出の調整によって直射日光はあまり差さなくなっています。そのせいで、「通り」や「奥庭」に比べて地面の温度が低く保たれています。実は、その温度差から気圧に違いが生まれ、空気に流れが生じていたのです。「坪庭」に打ち水をすることで、気化熱が奪われ、さらに温度差を大きくすることもできました。
このように、風を取り入れるのではなく、実は風そのものを起こしていたのです。まさに身近な微気候を作っていたのです。
他にも「通り庭」と呼ばれる吹き抜けの土間空間があります。この「通り庭」はオモテの「通り」から「奥庭」までを一直線に貫いて平面計画されているため、風の通り道となっていますし、吹き抜けの効果で蒸し暑い空気は上昇して、高窓より外部に出すことができました。以上のように様々なタカチで空気に流れが生じることにより、床下や土間の冷えた空気が揺れ動き、室内に供給され涼しさをつくっていたのです。
さらに、オモテの「通り」に面しては、開口部に格子を配してプライバシーを確保しつつ、風が通る仕組みになっていたと同時に、「通り」からの照り返しによる輻射熱を遮る効果もありました。京都特有の蒸し暑い夏を凌ぐためのクーリングの工夫の数々が、「町家」には実にたくさん散りばめられているのです。

「町家」の例は少し特別だったかもしれませんが、強風から家を守る防風林、日除けのための藤棚やスダレ、室内においては天井付近の温まった空気を逃がすためのランマ開口、熱容量が大きく温度が安定している土間の利用など、「微気候」を調整する工夫の例はたくさん存在しています。そういった先人の知恵に学びつつ、前項の「日出づる処」でお話したような敷地の気候的特徴をつかんだ上で、家の配置や間取り、断面計画と開口部のデザイン、仕上げの素材、庭に植える樹々の配置や種類を工夫することによって、気候条件をやわらげたり、逆に効率よく生かすことができるのです。
そこから、その土地と、その住まい手だけのオリジナルな家ができると考えています。

(2009年2月 記、2017年3月 修正)